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Lauren Mayberry's music review 2

続いて、第二弾行きます。
BraidsのFlourish//Perishのレビューです。
*またしても余談。

そういえば、Laurenのことを調べていて知ったのですが、ChvrchesはLaurenが所属していたバンドThe Blue Sky ArchivesのEPをレコーディングするときに、Iainたちと知り合ったことは有名ですが、Laurenはどうやらその前にはまた別のバンドに所属していたとのこと。

ちなみにそのバンドがこちら、Boyfriend/Girlfriend(なんとまた検索に引っ掛かりにくいバンド名だこと)。



この頃のLaurenはショートカットですね。
なんと、ドラムでサイドボーカル担当だったようです。
音楽性は、マスロックに近いかも。

*そして、Chvrchesとしてデビューする前は、フリーランスジャーナリストとして働いていたLaurenちゃんですが、スコットランド版Time OutであるThe Listで記事を書いていたようです。また、The Independentのインターンをやっていたこともあるとか。

Laurenが書いたThe Listの記事はこちらから読めます。

それから、こちらはスコットランドの"Environmental Health"で賞を獲った際の記事。ボディーピアスについて書いています。

そういえば、こうして訳しているTalkhouseのレビューや、先日訳したGurdianの記事といい、女性について触れている記事が多いように感じますが、彼女がジャーナリズムで大学院を出た時の修士論文は"Women in the Media"だったようです。納得。

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私から見れば、それぞれのやり方で、ミュージシャンというのはなにか美しいものを作ろうと努力しているように思える--だけど私の場合、本当に美しい曲というのは、もっとよいフレーズを求めてしまうから、少しばかりひどくなってしまう。ちょっと変よね。磨かれすぎず、そしてあるラフさが際どいところで存在している方がいいの。(これって私がデートの時に求めるのと同じ特徴なのよね。自分用メモ:これってひどい、ひどすぎるアイディア。) 何かしら磨かれすぎてしまったものというのは、ある特別な何かを失ってしまう。時々、ミュージシャンにとって、クリーンにしようとしてクリーンにしすぎてしまったり、ダーティな感じにしようとしてただ単にダーティそのものになってしまったりしているのに気づくのは難しいけれど、モントリールのバンドBraidsは十分なラインを本当にちょうどのところで踏み固めている。
私はBraidsのことを知ったのは、アンビエントなエレクトロのサイドプロジェクトシンガーであるRaphaelle Standell-OrestonのことをBlue Hawaiiがきっかけだった。Blue Hawaiiのライブを初めて見たのは今年のSXSWでのことだったのだけれど、私が大好きなStandell-Prestonのクリアで人を惹きつける歌声はブレがなかった。仕事をしながら2011年のNative Speakerと、今年出たIn Kind//Amends EPを聴いていたから、私は完全にこの新しいBraidsのためにヘッドフォンの耳をほじくって、本当に、本当に何度もヴァンでドライブする時に聴く準備は整っていたし、それがあって今の私がいる。(空港へドライブするとき、飛行機で寝ているとき、ギグへドライブするとき、ベンチで、床で、それからさりげない日々の安らぎの場所で寝ているとき、それから寝るのに最適な場所へドライブしているとき、繰り返し)
私からすれば、素晴らしい音楽というのはコントラストについてが全てなの。Braidsはほとんど保育園で歌われるようなライムスタイルのメロディとヴォーカルフックがより明確でよじれた歌詞の内容を避けているし、幻覚状態を思わせるプロダクションは何もかもを甘ったるく聞こえすぎないようにしている。オープニングトラックのVictoriaはStandell-Prestonのダークでリリカルなスタイルの先例を作り上げていて、「私の父はいつも俺の頭の中から出てけって言っていた」という歌詞で始まるけど、その一方で音楽はみずみずしくて最高なの。それぞれの特性がFlourish//Perishでは重要になっているんだけど、これは無秩序に広がるサウンドスケープの中でHosaakとTogetherのオープニングパッセージにみられるスイッチや、色々なフックあるメロディのループと、レコードを通してみられる様々なボーカルパターンにそのスイッチがあるから。
メディアが取り上げているのは、ほとんどがキーボーディストのKatie Leeがアルバムをレコーディングするのに先立ってバンドを脱退したってことばかり。その状況がどうあろうとも、#あなたの知ったことじゃない #うるさいジャーナリストども その音楽は、リスナーの視点からすると、少なくとも全く苦しんでいるようには思われない。実際、Flourish//PerishではBraidsが以前よりもエレクトロの実験的な方向性に向かっているように感じられるし、まだ力強いメロディーの核は維持していて、これは彼らのサウンドには欠かせないのだ。

Standell-Prestonのボーカルはアルバムを通して、器用にぎりぎりのところで目を見張るようなものをみせてくれる。いくつかの批評ではビョークに類似性を見出しているようだけど、それは確かにそうで、彼女のボーカルにはビョークのような荒々しい協和音があるけれど、Standall-Prestonの場合はより厳しいサウンドから、一つ以上の母音を伸ばし続けることが出来るので、また戻るまでにずっと美しくボーカルフックに集中させられるのだDecemberでの彼女の上がっていくボーカルは正確に高音をきめていくけれど、それにはちょっと努力がいるようで、バンドメンバーのAustin TuftsとTaylor Smithの急ぐようなドラミングとパーカッションのあるところではお休みしている。
彼女のボーカルは決して一次元的なものではなく、時にデリケートで信じられないぐらいに正確だけど、他の点ではもっと強引で攻撃的、しわがれ声だったりもするけど、常に情熱的で感情がこもっている。私が常に持っているセオリーの中に、ボーカリストとシンガーは違う、というのがある。ボーカリストは全ての音をちゃんと出すことが出来て、信じられないような音幅や、テクニカルスキルを持っているけど、それでも何かが欠けているように感じられる。その一方で、優れたシンガーというのはきっとステレオタイプ的な素晴らしい声なんか持っていなくて、だけど彼らの特異性が感情や考え、そしてテーマを、偉大なボーカリストには出来ないようなやり方で伝えることができる。(この世界ではElliott SmithやConor Oberstsを見ればわかる) Standell-Prestonは十分にそれぞれの派の特徴を持っていて、それが彼女のFlourish//Perishでのボーカルパフォーマンスを魅力的にしている。
Ebbenでのボーカルプロダクションは特におもしろい:バース部分でのRaphaelleの声はとても近くにいるみたいに、そして親しげに感じられ、そのあとで合唱部分がだんだんと大きくなっていき、完璧に美しくもハズれていて、ちょっとヨロヨロしたBraidsのサウンドを象徴しているのだけど、完璧と不完璧さが並列している。しかし最後の曲、In Kindがおそらく私がこのレコードの中で一番のお気に入りだと思う、というのも作り上げられた緊張感と強烈さが楽器隊から感じられるし、-お分かりかもしれないけれど-、ボーカルがあとの要因。(私はお気に入りを演奏したりはしないの、正直言うとね、ただ彼女は最高だと思う) この最後の曲で、彼女の声はほとんどもうひとつの楽器や、サウンドトラックみたいになっていて、他のところでは骨組みの役割もしている。Standell-Prestonは口でもって音を作り上げ、それはあるところで、ほとんどスキャット/意味のないものにもなっている;そこで彼女はシラブルをかなりたくさんの場所で切ってしまうことも厭わず、しかしそれは決して複雑すぎてしまうわけでもない、-もう一度言うけど、これは彼女の器用さにかかっている。
私にとって、ある曲、またはレコードで何度も何度も立ち返って聞くことができるものは第一審から私とつながっている--どんなに素晴らしいポップミュージックでもそう--だけど賢いことにもっとたくさんの層(歌詞や楽器、またはプロダクションの点で)があると、私はまた立ち返って自分が最初に思ったことを思い返したくなる。それがFlourish//Perishがそれ自身をさらに探求させる理由となっている。私はこの秋長いツアーバスドライブの中でまた多くのリスナーにこれを聴かせたいと思う。


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