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[日本語訳]Making Good Their Escape: Black Country New Road Interviewed


*これはThe Quietus.comに許可をもらって翻訳を掲載しています。

Black Country, New Roadはまさしく2019年を代表するバンドである。

Nervous Conditionsがちょっと注目されたあとで、一瞬にしてボーカルの不祥事が原因で解散した後、その時はちょっと気になっていたバンドがその時ちょっとした時代の流れ(?この時は確かDucktailsの人が同じような件でアルバムリリース取りやめとかがあったり)で解散してしまった、起こったことは簡単にしょうがないねと許せないけど、また若い有望なバンドがいなくなるのは残念だ、ぐらいにしか思っていなかった。

その後ボーカル抜きでまた新しく始まったバンド、それがBlack Country, New Roadだった。確か彼らの存在を知った時は、多分YoutubeでよくWindmillのライブ動画を挙げている人たちがいて、その人たちのチャンネルをみて知った気がするが、初期のfacebookページが、なんかカントリーバンドか何かのちょっとぼんやりしたイメージ画像でしばらくがっかりしていたのを覚えている。(これはあえてなのか、インスタにあげているツアーやライブの写真も、なんか「無料のよくある画像」ばっかり使っている。)

だんだんとライブ回数や、メンバー構成、そしてボーカルIssacのソロがSlow Danceでリリースされたりして、またシングルAthen's FranceやSunglassesがリリースされるとその興奮は確かなものになった。

しかし、いつまで経ってもメンバーの肉声や、バンドのことが一向にネット上に上がってこないので、そういう主義の人たちなのだと思っていた。(バンドメンバーだって、Speedy Wundergroundの紹介ページにちらっとしか書いてないし、フルネームですらない。)

最近なんとなく検索したところ、なんとThe QuietusでIssacがインタビューを受けているではないか。めちゃくちゃ長い記事だったのは分かっていたが、かなり興奮してしまったので、The Quietusの編集に連絡して、その日のうちに翻訳を出すことをOKしてもらった。訳としてはかなり難しかったので、ちょっと正確ではないかもしれないが、Issacの人となりが割とくっきりと分かってくる内容だったので、BC,NRファンはぜひ読んでみてほしい。(ちなみに最近私のお気に入りのLoud and Quietでのインタビューを受けていたので、そのうち翻訳許可をもらえるか聞いてみるつもり。)

*ちなみに結構難しい言葉が色々出てくるので、調べたものは下に注釈を載せました。

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元記事は以下タイトルをクリック。

Making Good Their Escape: Black Country New Road Interviewed

John Doran , December 4th, 2019 08:53


John DoranはBlack Country New RoadのフロントマンIssac Woodに会い、カート・ヴォガネットやケンダル・ジェンナー、そしてイラっとするボーカルスタイルの利点について話した。


バンドポートレイト写真 by Benedicte Dacquin


私が新人バンドのボーカルのファンになったといって、バンドの方が喜んでくれるというのは、レア中のレアだ。私はそういう時にいつも素早く喜んでいる彼らに向かって、ちょっと気まずい見解を伝えてその場を中和する。"なんで君たちがそんなに喜んでいるのか分からないんだけども。つまり、これはトラブルの始まりだよ。"これは私のお墨付きで、ビジネス的にも批評的にも(また時に文学的にも)一見良さそうに見えて命取りになることなのだ。なのでバンドメンバー達にはこの特集を始めるにあたって謝罪しなければならない、私が知る限りは世界でも最高のバンドだと言えるBlack Country New Roadに。

ところでこのケンブリッジシャー発ロンドンの7ピースモダンロックバンドが出廷していたことがプレスの関心を全く得ていなかったとすれば、この特集のことは別にして欲しい。彼らはインタビューの依頼に対して、同意してくれるまでに2回もNOという返事をよこしていた。バンドはまだ結成してから18ヶ月しか経っていないが、プレス活動をする必要は全くなかった。彼らのピンと張り詰めるような空気のライブは、ずば抜けて衝撃的なものであり、彼らが必要とするプレス活動については強烈な口コミの広がりが代替してくれていたのだ。

これについては十分に報道されているかどうか分からないが、確実にロックミュージックの周辺では何かが始まっている。これはものすごくエキサイティングなことなのだが、ロックミュージック自体は危機的状態にあって、その収益構造をゆがませたり、逆さにしたり、不安定にさせたりはしても(この過程で年寄りのクソ野郎どもを引っ剥がせればいいのだが)その中心部を引っ張り出すことは出来ない。バンドの中にはポストパンクやポストハードコアの枠組みを使って、klezmer、jazz、ファンクやノーウェーブ経由でアシッドフォークからクラウトロックまでの色々な影響を探ろうとして、こういったものを変なやり方で組み合わせて、新しい影響を作ろうとする人たちもいる。こういったバンド達は若いが才能に満ち溢れていて、そして大抵音楽学校の生徒か、元生徒である。(これは若いミュージシャンがまず色々と実験が出来て、成長するのにお金がかからない場所へのアクセス出来るかどうかというのがまず考えられているからであり、その特権についてコメントするということではない)だが私はなぜこういったことが起きるのか、それは他の場所では何を意味するのかを説明してきたが、ここでもう一度私が話していることについて、BCNRが新たな鍵であると思っていることを付け加えたいと思う、Rough Tradeで歌っているBlack Midiとともに

BCNRのほとんどのメンバーは不運なNervous Conditionsというバンドのメンバーである、NCは2014に東ケンブリッジシャーで形成されており、その際はメンバーのうち数人もまだ学生であった。彼らの動的なライブをエキサイティングだと表現するのは、まったくもって控えめすぎる評価である。ダブルドラマーという顔ぶれが1982年のThe Fallや1993年のNoMeansNoの雰囲気を、敵意むき出しの(Captain)ビーフハートのような金属音と、(Nick Cage and the Bad Seedsのような自信たっぷりの態度を加えたようなものである。さらにキラキラ輝く彼らの才能は、グラインドコアの怒りと威圧的な軽蔑を合図一つで静かなる美しさへ変えることが出来る、これは明らかすぎるほどだ。去年の冬ではないが、それよりも前の冬、A and Rスカウトするのに彼らのギグに入り込むことはほぼ無理だったが、それから2018年の1月にボーカルのConnor Browneが全く別に2人の人間からソーシャルメディア経由で性的暴行を受けたと非難され、バンドはその数日後に解散した。供述の中で、Browneは非難してきたその二人の女性とバンドメンバーに謝罪し、メンバー達は彼が"非難された内容について全くもって知らなかった"のだと言った。ただそれだけだった。

数ヶ月の間に、ほとんどファンファーレもなく、似たようなラインナップの新しいグループがロンドンやサウスイーストでギグして回っていた。Browneがいなくなり、元々ギタリストだったIssac Woodが代わりに今はフロントマンをやっており、ドラマーの一人のJonathan Pykeはいなくなってしまったが、Charlie Waynはドラムキットの後ろに置いておくことができた。それ以外は皆んな同じパートに収まった。Tyler Hydeがベースに、Lewis Evansがサックス、May Kershawがキーボード、JockstrapのGeorgia Elleryがバイオリンだ。(この数ヶ月は新たなギタリストとしてLuke Markが加わっている。)

だが例えメンバー構成はほとんど同じでも、特にそのサウンドは(まったくではないにしても)別物である。BCNRは一握りのライブをやっただけで、それよりもはるかに素晴らしいバンドであるのは明らかだった。私の場合、バンドの存在を目で確かめて、初めてNervous Conditionsとの音楽的な問題を説明することが出来た。騒々しく芝居がかったフロント、センターを務めるBrowneは明らかに誠実な気持ちでやっていたのだろう、もしそれがちょっとやりすぎだったにしても。Fallに憧れるWoodに一体正確には何が起きたのかピンポイントで特定するのは難しいが、ステージの左側で影に隠れながら歌う彼は、彼の音楽のインスピレーションがどこから来ているのかはさておき、BCNRの初期ライブのときは、目に見えて心ここにあらずな様子であるか、超越したダマスク像のようであった。

バンドについて、彼らがどんな風に聞こえるのかを説明するような、よくあるジャーナリズムの落とし穴を避けるなら、例えれば彼らはベッドサイドキャビネットの上にある本の山である。これはBCNRに限って言えば意味が通る、というのも彼らはここでの作品の中で、明らかに文学に傾倒しているからだ。既にコメントされているSprechgesangについて触れているだけではなく、これは語り手のようなソングライティング手法であるが、歌詞全体もしくは一部が、単純に自分の体験を歌うだけでない、フィクションものなのである。ここでは作家のようなテクニックの幅も考慮されているが、Woodの場合、散文や無韻詩、押韻韻二行句を軽々と一つの曲の空白部分に入れる。Woodは複数の語り手を使って、視点を次々と変えながら、全体的に信用ならない語り手を取り入れたり、色々なポストモダン的テクニック、例えば他の曲へメタ言語的に言及するような手法を取り入れている。彼らのデビューシングル"Athen's France"は、Speedy Wundergroundから今年の初めにリリースされたが、Woodは二つのシングル曲、一つはAriana Grandeの1億回ストリーミングされたThank U, Nextと、こちらは知名度は下がるが、彼自身がリリースしたソロ名義のThe Guestが同年に作曲したThe Theme from Failure, Part Iを挙げて、この二つは近い継承関係にあると話している。これらや、他の曲についても、歌詞や音楽に共通点があり、BCNRがどこから来たのかというたくさんのヒントを与えてくれる。

このインタビューに至るまで、私はIssac Woodとウエストエンドのバーであったが、素気無く拒絶された。何度かギグ後やその他の機会があった時、彼に駆け寄ったのだがダメで、その後心変わりしたのか、その他のバンドメンバーもいるケンティッシュタウンのフラットシェアで、彼らが私に紅茶を振舞ってくれた。(実際には、美味しいフィッシュブリトーも作ってくれて、ボージャックホースマンを見るのに仲間に入れてくれた。私はちょっとありえなさそうな機会の時に彼らの家に紅茶を飲みに寄ることを強くお勧めする、そうするとその機会がやってくる。これは私の5つ星のトリップアドバイザーの評価だと思って欲しい。)その後でこのインタビューの半分はメールで行なわれた、質問してそれに答えが返ってきて、また質問して、みたいな形式だったので、質問リスト方式という感じでもなく、最後はキングズクロスにある、昔私が働いていたレキシントンベニューでWoodと面と向かって話した。もし私がバンドの紹介ページを書くのに、いつもこんなに大変な目に遭っているのかと疑問に思う人がいれば、それはほとんどの場合Noである、そんなに困ったことはない、しかし今回の場合はなぜ例外だったのか、それは君たちの想像にお任せする。バンドメンバー達は皆んなIssacにこういう時に話をさせるのに満足しているし、何度も考えあぐねた挙句に、Nervous Conditionsについてはそれ以上聞くことはしなかった。


Issacに、何かしらのライターをやっていたことがあるのか、例えば日記をつけたり、ティーンエイジャーの時は詩人だったとか、冷静なエッセイストだったとか、キーボードの戦士だったとか聞いたところ、ソングライターになる前は、"言葉を書くにあたって、特段長くもやってないし、恵まれた過去がある訳でもないよ。昔何度か挑戦したこともあったけど、真剣に書くことに向き合ったのは、2018年の半ばの恐れる年に書いた'Theme from failure, Part I'だね。"と語った。

この曲は滑稽なぐらいお茶目なメタモダン的な次のような歌詞のシンセポップだ。"僕は自分と寝た全ての女の子に自分のパフォーマンスに評価を付けてもらったが、結果はゾッとするようなものだった。"これは本当に恐るべきアイディアだ、ものすごく病的なまでに考え抜かれており、悲劇に終わりを迎えるのだが、これがギリシャ神話やペルシア帝国の崩壊の本から来ていることが残念だ。

Woodは語り手と自分との間に澄んだ青い空気のちょっとした伸縮性を入れることにこだわっている。"僕はその曲の中の80%ぐらいのことは本当にやったんだけど、それだけじゃないんだ。'Theme From Failure, Part I'では同じことを表現するのに50通りものやり方があることを証明してる。"

彼が名前を実際に挙げている有名人などからの歌詞への影響や、彼が尊敬しているミュージシャンについていえば、ブリクストンにあるウィンドミルのパブや、Speedy Wundergroundレーベルの小さい場所で見かけることが出来る。彼は特にJerskin Fendrixについて溢れんばかりの尊敬の念を送っている。"彼が今の僕を形作ったようなもんだよ。自分の音楽をやっている時、僕にはほとんど掴めない音楽的コンセプトがいっぱいあったんだけど、僕が初めて彼に会った時、Jerskinのセットではそれが既に形になっていたんだ。彼が実際にやってたのは、すんごく面白くて且つ感動するんだけど、特にゴミみたいなものが全くなかった。僕たちの関係を正確に表現するなら、僕は彼の甥です、って感じかな。"同様にして、彼はほぼググるのが不可能なFamousや、James Martin(aka Ronald Rodman)に対しても深い尊敬の念を向けている。インタビューを終えてから数週間後、彼はメールでKiran LeonardのDon’t Make Friends With Good People’を送ってきて、これをずっとリピートして聞いているのだと、べた褒めしていた。

文学的な影響については、彼は最初に偽の若者を挙げた。 
「もちろん何冊か本は読んだし、そのうちいくつかは僕が書く言葉にも見えないところで影響はしてるよ。」 

もっと迫られると、彼はトマス・ピンチョンやカート・ヴォネガットの名前を挙げ、 
ここ数年はこの二人の作家の作品を読んでいると答えた。私が高尚なアートと低俗なアートの境界についての関心が欠けていることを指摘すると、 
彼はちょっと未熟な訂正をした。「この境界について関心がない人もいるっていうのは問題だと思うけど、もうちょっと成功している作家はちゃんと理解して、それを覆そうとしたり、操作しようとしたりしてるよ。単にそれ自身の為にやってやろうっていうんじゃなくて、ちゃんと目的をもってね。 
彼らは一般化されたカルチャーを作ろうとしているんじゃなくて、実際に人が自分に関係する共感できる感情について話そうとしている。 
僕らはみんな文化的な価値っていう意味で高尚なものも低俗なものにも触れているけど、この二つが交差したり、境界がないように感じたとき、 
その境界が根絶されたようなところでは、その鋭い何かの一部になったり、その瞬間の感情的共鳴の一部になるんだ。もしこれを正確に表現できるなら、 
物凄く衝撃的なことだし、ヴォネガットみたいな作家が好きだからこういうことにも興味があるんだ。」 

これが私の言われた内容である。 

彼自身の文学的実験には「Kendall Jenner」も含まれる、Black Country, New Roadのちょっと変なJames Ellroyが脚本を書いたマルホランド・ドライブっぽいヴァイブで、 
語り手はホテルのペントハウススイートにあるリアリティショーのTVスターを訪ねることに取りつかれている。Jennerのの歌詞はすぐに、 その退屈さに文句を言い始める、(「ベイビー、私はNetflixとか5HTPに完全に酔っている/私の青春はすべてTVで放送された/誰かが私に触れても私は何も感じない /身に着けている宝石をすべて外すと私は空気よりも軽い」)そして彼女は自分を刺し殺す。結果的なセリフのところで 「Kendal Jennerはこのカウチ中に血を流している。この染みを落とすには大量のブリーチが必要だろう。」で、このリアリティTVを見ているときに、 この視聴者の共犯性にうなずいたのだが、ここでまた彼が横やりを入れて訂正した。「僕はただこういう語り手的な手法を試したら面白いだろうなと思っただけだよ。 この曲の最終部分はこれよりも前の部分とは完全なコントラストになっていて、僕的にはクライマックスっぽいのが必要かなと思ったんだよね、 例えば誰かの死で終わるみたいな。彼女の立ち位置とか場所について何か幅広いコメントを得るようなものは意識してないし、彼女のファンとか視聴者についても特に考えてない、 ただ常に彼女のことだったりその家族について最新情報を把握するのが楽しかったし、結局彼らみんな面白くて良いセレブなんだなと思ったよ。」 

だがしかし、初期の実験について、彼はひとつ注意点について話した。「これは僕が初めて正しい語り手的なものや、ちょっとして餌みたいなものを試したものだったな、って 
今振り返ると思うよ。」語り手による物語かそうでないのか、こういったことを歌うにあたって単純に意識しているのかどうかや、 ミソジニストというレッテルを張られるリスクについて彼に尋ねたが、はじめのうち彼は混乱しているようだった。 
「そういうことは考えたことがなかったな、そういう考えを押し付けてないことを祈るよ。」 

彼はインタビューの後の方で、私が彼にペルソナ(もしくは仮面)を今まで使ったことがあるのか、ソングライティングの中で実際彼がやっていることに近いであろうことについて聞いたところ、この感情について語ってくれた。 
カール・オーヴェ・クナウスゴールのようなオートフィクションやスチュワート・リーの漫画のような、彼らが政治やスタンダップを披露するときに、 
微妙に違うキャラクターの特徴を起用しているテクニックが使われていることについても触れたところ、「最初の曲については(Athen's FranceやSunglasses) 大きな不安から自分を守ろうとするときに、みじめでシニカルな考えが現れてくることについてフォーカスしてるんだ。だからまあ、答えとしてはYesだね。 絶えず自分のことを防御しようとしてる内なる男のキャラクターについてこれまで書いてきて、彼の欠点や他人の間違いに対する失策についても書き直している。 すごいトリッキーだけど、時々うまく表現できていないなっていうときはあるよ... 例えばちょっと還元的だと受け取られてしまうことや、初期の曲の女性の表現については一つの側面しか表現されていないと思われるところは後悔してる。」 





やもすると不快な生の領域にまで入りこんだ斜視的な破局ソング「Sunglasses」はそれだけで私にとってのその年のトラックオブザイヤーだった。 
この曲は機能的にも意味的にも執念深い9分間の曲のあいだ、一貫して集合マーチングをしているような形だ。 この曲に力強さがあれば、あざになったエゴが嫉妬にまみれ、不安な様子で話す、そしてそれ以外においては、Woodが一貫してそれについて当然のように語ろうとする。 彼はもう連絡を取っていない友人についての「難しい経験」が元になっていると語った。 「いろんな人の心の中にある特定の声の視点から書いてるんだ。とてつもなく哀れで傲慢と感じられるような声についてね。この曲について一つ良いことをあげるなら、 Father John Mistyも同じような方法で僕の心に突き刺さったんだ。多分「Sunglasses」を初めて聞いた人は耳障りで不快だと感じると思うんだ、音以外でもね。 不満ばっかり言って、きざで演技がかったバカバカしい口調でものすごいイラっとするような声で実際歌ってて、本当にこれはやりすぎってぐらい。 自分で聞いててもめちゃくちゃイラっとするぐらいだから、他人が聞いてもそうなんだろうなと想像がつくよ。」 

その点は間違っていると彼に指摘するのは、私が彼に恩があるからだろうと思われるだろうが、実際のところ私の視点からすれば、彼は実際にそうである。 私が好きなボーカルの歴史では、自分の人生がそれにかかっているのであれば、かなり厳しい技術的な視点でいえばなおさら自分の弱いところを歌える人間は少ない。 明らかにちょっとおかしな状況だが、もしポストパンクやポストパンクに寄せたシンガーの連続体を広くゆるく定義するのであれば、 実際に歌をかなり上手く歌えるシンガーといえば、例えばIan McCullochやDavid Bowie、Scott Walkerだと思うが、彼らはルールそのものというよりかは例外といっていい。 私は鮮明に覚えている中でも、最初は嫌いだったが今は大好きなシンガーについて最初に聞いたとき、Mark E Smith, Sioux, Ian Curtis, Iggy Pop, Bernard Sumnerとかは彼らのほとんどがボーカルとして独特であり、エクスタシー的な領域を越えたような人間たちである。 

彼も不本意ながらそれには同意した「願わくばそういうボーカルを聞いたリスナーたちがどこかの時点でそれを覆してほしいね。 それで崇拝するようになって、楽しんで欲しいね。」

私がどうやってこの曲がなちょっと普通じゃないアレンジに落ち着いたのか聞くと、彼はイラついたように"この物語の中で起きている出来事に語り手が追随するような形で音楽的にもそれが分かりやすくしてるんだよ。って、頼むよ、別に僕がこれを説明する必要ないだろ。"と言った。

私はそこで、私から彼の口から勝手に色々言わせたくないのであれば、彼が説明する必要があると言ったところ、"分かったよ。つまりこの曲は最初一方向から物語が始まるんだけど、別の方向から終わるんだ、音楽の方はそれに追随してるってこと。

彼はため息をつきながらこうも付け加えた。"まあそれがうまく作用してようがいまいが、それを決めるのは君だよ。とはいえ、僕としては、特に天才的なポップコーラスとかが書けないのであれば、こういうソングライティングは効果的だと思ってるんだ。"

だが、彼は本当に自分にはそれが出来ないと確信しているのだろうか?彼の年齢についてとやかく言い続けるのはフェアではないが、実際に彼はめちゃくちゃ若いのだ。彼は今年の初めまで、まだティーンエイジャーだった。彼の世代のGroove Is In The HeartとかUmbrella、だって書こうと思えばそこ時間はたっぷりあるのではないか…ポストロックのYou’re So Vainなのかもしれないが…

と言うと彼は笑って"そうなのかも。その前にもっとちゃんと感傷的に歌うためのレッスンを受けないとね…"

BCNRの実生活を観察していると、メンバー達はまだティーンエイジャーを卒業したばかりだし、ただ普通のことをして、フィッシュブリトーを作って、フットボールについて話したり、アル中の馬のアニメを観て笑ったり、彼らのお父さんがテキストメッセージで使う絵文字について笑わせてくれたりして、正直彼らについての特集を組むのに罪悪感を感じたことは認めなければならない。私は彼らが常に不安を抱えた若者たちのようなイメージでいたのだが、単純にそれは彼らのような世代の人たちの先入観とほぼ一致していたからだ。Woodの書く曲や、クレズマーテイストのガツンとくるBPMの、まだ未公開の曲Opusでは、"みんなが集まってくる。僕はちょっとパーティに遅れているようだ。"はまさにこれを明確に示している、だがメンタルヘルスが彼らの売りなわけではない。彼はこう言っている、"僕は正直、こういう不安が影響してるとは全然思ってない。けど、何か重大な時には感じるものだし、それについて曲を書いたり、歌うのは自然だと思う。僕の場合、たまに自分でも混乱することはあるよ。"


それどころか、彼らは常に正直であろうと努めている。アルバムをリリースする頃には、これについて聞こうと思っているのだが、彼は魅力的なぐらい逃げるのが上手い。なんとなくだが、今ライブセットで演奏しているのとは全く違う曲群をアルバムの方には収録するのではないだろうか。おそらく、サウンドの方もきっと全く違うものになっているだろう。今から一年半ほど前に書いたというOupsの方も、既に人生の前半期に書かれたのではと思うぐらい昔に感じられれ。Woodも、"この曲は僕らだけで書いた初めての曲なんだ。Nervous Conditionsが解散してから初めて集まって書いた曲だよ。Dulwichにある友達の家に集まって、即興で出来たんだ。そこから特に急ぎ足でやって来たわけでもなく、ここまでやってきた。観客にとっては僕らの短期間のお楽しみや、メンバー達のちょっとした不安とかが感じられる曲だと思う。"



また、彼は最初のちょっと変な感じのバンド名について、プロパガンダっぽいと説明している。"僕ら版の'Keep calm and carry on'(落ち着いて、進み続けよう。WW2の際に英政府が国民の士気を保つために出したスローガン)紅茶マグみたいな、ここでそんな汗水垂らして狂ったみたく働かなくても、十分だよ、みたいな。基本的には、ひどい場所から抜け出るための良い方法についてなんだ。興奮した人たちが、路上の近くに住んでたみたいなことを言ってるけど、その度に彼らにそんなことは起きてないって説明してるよ。"


ここで1つ注釈を入れておきたいのが、彼らが既に若いファン達の想像力に火をつけていることだ、時に路上で揉め事に発展するレベルなのである。一人が一番最初のセッションについて妄想しているところで、もう一人はOpusをプロデュースしたと妄想したりする、またここで昔のバンドと今のバンドで何が違うのかという議論もある。"いつどうやって今の形に行き着いたのか覚えてないけど、僕らはみんなBCNRとして何をやりたかったのか理解してると思ってる。僕らはみんな2,3年ぐらい他のバンドで演奏してたけど、その時に発展させてきたいくつかの要素をもっと取り入れたいと思ってたんだ。まあでももちろんそれ以前に試してみたいと思ってたことがあって、今の状態は単純に僕らが家で演奏してる形よりちょっと上のレベルってだけだよ、もしかしたらコラボレーション的なソングライティングプロセスがもうちょっと発展した結果ってだけかも。"

だが、そこに特別なソングライティングプロセスがあるのだろうか?これを持ち出すのはまたしてもフェアではない気がするが、私の友達の一人がBCNRと同じ電車に乗り合わせたことがあり、TotnesのSea Change Fesの帰りにイーストに戻るところだったのだそうだが、どの車両に乗るかで長々と激しく揉めていたところだったらしく、その時のことを考えるとソングライティングプロセスというのは物事に対して激しく議論することに潜在的なものがあるのかもしれない。

彼は違いにはこだわる。"別に特別なプロセスがある訳じゃないよ、でも最初のイメージはLewisが枠組みを作って、その後でハーモニーをかけるメンバーがこの枠組みを増やしてトップラインを書いていって、っていう感じだよ。そこからまた肉付けしていって、グループ全体の分担に分けて、そこからメンバー全員が納得出来る形にブラッシュアップする。君の頭脳が示唆してるのとは裏腹に、ソングライティングのプロセスではあんまり議論したりはしないんだ。僕たちの間には数年にわたって築いた一定レベルの音楽的な信頼があるからね。"

そして、バンドのサウンドからそれぞれの要素がキチッと結びついてるのは明らかだ。例えばちょっとしたエキゾチックなサウンドで色付けしたただのロックミュージックではないのだ。表面的にも例えば他にも2つは違う点が挙げられるが、そのうち1つはシンセがいるという点は明らかに異なる、クレズマーでポストハードコアだということだ、バンド内には色々な集団がいるのではないかと想像するのは楽しい。

Woodは私のためにも噛み砕いて説明してくれた、"もちろん関連の専門家の場所があるよ。GeorgiaとLewisは二人ともクレズマー音楽の演奏に関しては経験が豊富だし、Georgiaは今もHappy Bagel Klezmer Orkesterと演奏してるし、Lewisはもっと若い時にもクレズマー音楽家と演奏してきた経験があるしね、その時にどうやって即興で演奏するのかを教わって、この経験は彼のソングライティングにものすごい影響を与えてるんだ。Mayの方はほとんどの時間をクラシック音楽の分野に注いでるし、僕もArcade Fireのアルバムはほとんど持ってるよ。でも僕らの音楽はただこういう影響が互いに同じ場所で競っているというわけではなくて、みんなロックミュージックに対する情熱を共有してて、それぞれが満足できる何かを作ろうと頑張ってるっていうだけ。"

だがここで回りくどく聞くのはやめよう、これはIssac Woodのバンドではなかったか?

彼はこの問に対してはそつがないというよりは、ぼんやりとした答えを出した。"

Black Country New Roadは、衝突した車の中にいたオーストラリア人が"ただ友達を待ってただけなんだ"っていうのと同じ意味では僕のバンドだよ。"

自分が苦労して質問した問いに対して彼が何を言っているのか全く理解出来なかった事実はとりあえず置いておこう。彼はどういうタイプのバンドリーダーなのだろうか。親切なタイプなのか、スターリン的専制君主なのか、それともめちゃくちゃ落ち着いた民主主義タイプだが突如ある夜忽然と姿を消して、もっと冷徹で精神的にも曖昧なBCNRの別のメンバーに取って代わられるのか…

その答えは、ちょっとありえなさそうではあるが同時に頑固なものだった。"僕はAl Gore元副大統領と同じぐらい幅広く尊敬されてるよ。"

BCNRについての、ただ一つ私にとって不都合だった事実は、少なくとも彼らはさほど私がこっそり期待していたよりも新しい先駆者というわけではなかったということだが、彼らにこの役割を埋めるために望むのは、私のように問題だらけの年老いた打者だ。

もし構成パートのほとんどの名前を挙げられたとしても、彼らはシンプルに誰ともサウンドという点では似通っていない、ただそれだけで十分なのだ。誰かが「正確に」その他のバンド、例えばSlint, Joey Fat, Oxbow, Cowsとかっぽく聞こえるというたびに、はっきりとそれは違うと証明するのは簡単だし、ここでケリをつけておこう、それにこういったバンドを挙げて、それをひとつひとつ考慮してみたとしても、似通っている点は全然明らかではない。個人的にポップカルチャーはよりリゾマティックになっていると感じるが、みなちょっとおかしな、想像のつかない方法で機能している。誰からがShellacのマネだと批判したがっているとして、彼らがまず考えなければならないのは、クレズマーとフリーの即興のサックスやストリングス、そしてシンセであるが、次彼らがグローバルポップカルチャーに批判的ではなく浸っていることも彼らの一部となっている。Kendal Jennerの信じられないぐらいの体重の軽さ、どこにでも影として存在するキャストのKanye West、「6章にもわたる新しいデンマークの犯罪ドラマベスト」映しだす4k TVによって火を付けられる愛の失敗の予感。しかし、これはイギリス人の偏狭さによる、まぎれもない獰猛な風刺でもある。「写真が貼ってある壁の中で、階下のセカンドリビングルームにあるTVエリアで、私は彼女の父親になる。/日中の平凡な劇場への不満、夜のシングルモルトウィスキーの中の氷/まくれ上がるスカートの裾、下がりつつあるIQ、そして過去とは違うやり方で建てられるものたち/イギリスのエンジニアリングの絶頂」

彼らの名前が示しているように、Black Country New Roadの心には目的地というものがない、ただの速度、そして逃避的感覚だ。狭く避けられた大惨事、苦労して手に入れた自由の感覚。絶対的な才能。私はこのバンドについて素晴らしい批評をして何かジンクスを得ようとは思わない(ちょっとした興味を示しただけで、こういったことを十分すぎるほどやってきた)が、まだその喜びを得ていないなら、すぐにでも彼らのライブを見に行ったほうが良い。彼らが飛行機で行くどの場所でも、2020年は彼らの年になるだろう。 

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*Sprechsang: 歌うのと話すのの中間にあるようなボーカルの手法。多分ドイツ語。

*高尚なアートと低俗なアートの境界について: https://www.therapidian.org/high-and-low-art

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